RICK WALTERS

RICK WALTERS

2019年3月4日伝説のタトゥーアーティスト、Rick Walters(リック・ウォルターズ)氏が72歳でなくなりました

 

< 『Bert Grimm's World Famous Tattoo on the Pike(バート・グリムズ・ワールド・フェイマス・タトゥー・オン・ザ・パイク)』の前で笑顔の Rick Walters(リック・ウォルターズ)>

ウォルターズは、アメリカで最も古いタトゥーショップである『Bert Grimm's World Famous Tattoo on the Pike(バート・グリムズ・ワールド・フェイマス・タトゥー・オン・ザ・パイク)』が2002年に閉店し、『Outer Limits Tattoo(アウター・リミッツ・タトゥー)』として2003年に再オープンするまでの25年間経営を担っていました

もしリック・ウォルターズがタトゥーについて喋り始めたら、あなたは口を噤んで、彼の話に耳を傾けなければなりません。なぜならウォルターズは60年余りのタトゥーの経験があり、他のタトゥーアーティストを優に超える、タトゥーの歴史の生き字引のような存在なのです。子供の頃から好奇心旺盛だったウォルターズは、手作業でタトゥーを彫る方法を発見し、それ以来タトゥーを彫り続けていました

 

< 自身のスタジオ前でのBert Grimm(バート・グリム)>

70年代後半になると、ウォルターズは、タトゥー界のメッカである南カリフォルニアのConey Island(コニー・アイランド)と呼ばれるパイク(尖鋒)にあるBert Grimm(バート・グリム)のスタジオで、タトゥーアーティストとして働き始めます。そこでウォルターズはアーティストとしての名声を得て、グリムファミリーのタトゥーアーティストとして名を馳せました

ウォルターズは何故タトゥーの世界に入ったのか?また見習い期間の重要性、『Rick Walters “Hates You.”(リック・ウォルターズが "あなたを嫌い ")』な理由はなんだったのでしょうか?

ウォルターズは、タトゥーアーティストにしては早起きで、毎朝6時起床し仕事に備えます

「1955年あたり、オレが10歳位のころ、『Born to Raise Hell(地獄に堕ちろ)』って文字を自分の足に彫ったんだ。そして近所の仲間達にタトゥーを入れてやったんだ。ハートとか文字とか十字架とかくだらないやつだよ。近所の仲間の母親達から『“Stay the fuck away!”(近寄るな!)』と言われてたよ」。ウォルターズの母親は数十年後にインタビューに答え、「本当にがっかりした」と語っています

 

< タトゥーを掘るZeke Owens(ジーク・オーウェンズ)>

「1959年ごろ、タトゥーの件でたくさんの問題を背負い込んでたよ。それで親父と一緒にロングビーチまで行って一緒にタトゥーを入れたんだ。自分の足に彫った手書きのタトゥー“Born to Raise Hell”を、Zeke Owens(ジーク・オーウェンズ)に黒豹を彫って、隠してもったんだ」。これがプロのタトゥーアーティストに初めて彫ってもらったものになります。そしてウォルターズは彼の信奉者になります

 

< Phil Sims(フィル・シムズ)>

< Don Nolan(ドン・ノーラン)>

「1965年、友達のKid Frankie(キッド・フランキー)と小さなタトゥーショップを始めたんだ。オレ達は、どうやってやっていけばいいか、全くわかんなかったのにね。当時は免許もいらなくて、取り敢えず家賃を払っておけばやっていける時代だったんだよ。タトゥーマシンを置いて、それでタトゥーを彫る、以上。それで、パイクまで行って、そこのタトゥーアーティストたちがどのようにタトゥーを彫っているのかを学んだんだ。独学だと、そうするしかないんだ。そのうち、何人かの連中と仲良くなって、サポートしてくれたよ。Phil Sims(フィル・シムズ)、Don Nolan(ドン・ノーラン)、バート・グリムスのオヤジたちとつるみ始めたんだ。そこからはダウンヒルをしているようなスピードで物事が進んだんだ。昼間は溶接工場の仕事をやりつつ、夜はタトゥーの仕事のダブルワークで働いてたんだ。まぁ、昔は、バンドをやるなら、取り敢えず本業は辞めるな、みたいな感じだよ」

 

< バート・グリムズ・ワールド・フェイマス・タトゥー・オン・ザ・パイク >

結局ウォルターズはコニー・アイランドに引っ越し、1978年にバート・グリムズ・ワールド・フェイマス・タトゥー・オン・ザ・パイクで働き始めます。78年から2002年の閉店まで働きます

「当初パイクは、タトゥーを入れる人たちで溢れてたんだ。ほとんどが海軍の奴らで、海軍が閉鎖したんで、乗り物やバーがいくつか残ってたんだけど、主なタトゥーショップはほとんど閉店しちゃったね。なんで、オレたちは一般人やバイカー、ウェイトレスなどにタトゥーを入れ細々と続けてたんだ。でも80年代前半に海軍の基地が再開され、突然タトゥーフィーバーだぜ、一日中ノンストップで刺青を彫りまくったよ」

ウォルターズはパイクでタトゥーを彫り続け、やがてバート・グリムが亡くなると、その歴史と雰囲気の聖火を受け継ぎます。タトゥーが主流になり、新しい世代のアーティストたちが、自分たちのビジネスに、そのアウトローな時代と再びつながろうとすると、彼らはウォルターズのもとに集まり、道具のアドバイスやスタイルの秘訣、そして饒舌で口が悪い彼のスタイルで語られる、昔の騒々しい物語を聞きに来たのでした

「タトゥーアーティストは、アートとビジネスの両方を兼ね備えていないと成り立たないんだ。そして、一部のタトゥーアーティストがビジネスの側面を学ぼうとしないから、長続きしないタトゥーを作ることになるんだ」

 

< リック・ウォルターズ >

「タトゥーの歴史を勉強していない奴は、『良いタトゥーとは何か?』という事が理解できない。カラーインクが顔料系であるのに対し、ブラックインクはカーボン系であるということなんだ。カーボン系のインクは硬くなり、顔料が広がらないように堰(せき)を作る。その結果、ブラックインクの堰がないと顔料がどんどん広がっていって、まるで誰かがペンキをたくさん床にこぼしたような感じになっちまう。油絵のようなタトゥーを描けると考えている奴らは、それが全くうまくいかないことに遅かれ早かれ気づくんだよ。本当にひどい状態だぜ。14本針の丸いラインでネオトラディショナルなタトゥーを入れている若い子達はみんな、10年後にそのタトゥーがひどい状態になっちまう。ラインは5年ごとに倍になるんだ。なんで、1/8インチのラインで始めて2、3年経てば、そのラインはテープと同じ幅になっちまう。細い線から始めていれば2倍になったとしても、その線はまだ細いままなんだ。」

 

< Sailor Jerry(セイラー・ジェリー)>

「みんな気づいていないけど、West Coast(ウエストコースト)やSailor Jerry(セイラー・ジェリー)の作品には太いラインは無い。Bob Shaw(ボブ・ショウ)、Bert Grimm(バート・グリム)、Phil Sims(フィル・シムズ)、Col. William L. Todd(トッド大佐)、彼らの作品を見てみろよ。全て作品が細い線で彫られてる。オレのタトゥーも50年代後半から60年代前半に彫ったんだけど、きれいな状態だぜ。最初は細いラインで彫られていれば、どんなに年月が経っても5本針で描いた位のラインなんだ、オレのタトゥーは年齢にしたら優に50歳を超えてんだぜ。若いタトゥアーティスト達に、誰もしっかり教えないし、見習い期間もないから、何も知らないままだ。彼らはただタトゥーマシンを手に取り、何でも出来ると思ってんだよな」

タトゥー業界は、もうそのような習得方法には戻れないところまで来ているかというと、そうでもないそうです

「インターネットが普及し、あらゆるものが身近になったから、そうでもないよね。誤解を恐れずに言えば、弟子入りしている奴も何人かいるね。あと、新人はみんな、便利で手軽なロータリーマシン(モーター式)を使ってるな。動かなくなったら、新しいモーターを入れ換えれりゃいいからな。でも細い正確な線が描けるコイルマシン(電磁スプリング式)を、正しく動作させるためには、実際に操作する方法を知っておく必要があるんだ。コイルマシンは、使い方を知らないとうまく動作しない。なので、見習い期間がなければ、コイルマシンの扱うことができないんだ」

質の高いタトゥーを作るために守らなければならない基本がある一方で、そのルールが物事の創造性や芸術的な側面を制限しているとも言えないようです

 

< Guy Aitchison(ガイ・エイチソン)>

< Shawn Barber(ショーン・バーバー)>

「不思議なもので、タトゥーというのは、ある種の円を描くようなものなんだ。細い線があったり、大きな線があったり、線がなかったり。何年か経ってから見ると、また変わって表情を見せてくれる。Guy Aitchison(ガイ・エイチソン)は今、とても興味深いラインを彫ってるな。油絵で有名なShawn Barber(ショーン・バーバー)は、サンフランシスコの伝統的なタトゥーショップで6年間修行したんだ。彼はおそらく、今、最も有名な肖像画家の一人なんだ、奴はブラックのみを使いタトゥーを彫る。その意味がわかるか?それは奴がアートバカみたいなことはしないということだよ。奴は緻密で素晴らしい絵を描く、だけどタトゥーではブラックでアウトラインする。それが正しいやり方で、タトゥーが長持ちする方法だとしっかり学んでいるからなんだよ」

「タトゥーがメインストリームに受け入れられた事により、アート・ホビーになってしまったな。ショップに来て、どれくらい前から予約が入っているのかと聞かれることがあるんだけど、『オレはファッキン美容師じゃないんだから、予約なんて取んねーよ!』って言ってやるんだ。ただタトゥーを彫るんだ。お金を持ってきて、彫って欲しいものを言ってくれりゃ、それを彫ってあげるだけなんだ。稼ぎたいのに名前は彫らないって言うアーティストもいる。こんな態度はいただけない。お前はバカか?ネームは150ドルで 5分もあればできる。売上を計算してみろよ」

 

< 自身のステッカーを見せてくるリック・ウォルターズ >

「リック・ウォルターズ “ヘイトユー”」Tシャツやステッカーについて

「1974年、オレはサンフランシスコでバイクのランナップをやっていたんだ。7、8日走った後、写真屋に行ったんだ。当時は25セントだったんだ。4枚の写真を撮ったんだ。旅から戻ると、1枚は姉貴に、1枚は元カノにあげ、他の2枚がどうなったかは憶えてないや。5年ほど前、姉貴がその写真をFacebookにアップしてて、それを見て、クソ面白いな、と思ったんだ。ラスベガスのタトゥーコンベンションでMatt Murphy(マット・マーフィー)と話したとき、奴は「この写真最高じゃん!」と言ってたんだ。その写真だと、「クソ以上に意地悪そうじゃん!」と。2週間か3週間後に郵便物が届いて、Rick Walters Hates You(リック・ウォルターズ “ヘイトユー”)と書かれたステッカーが段ボールに山ほど入っててオレは吹き出して、最高だなと思い、客に配り始めたら、一気に広まっちゃったんだ。もう一人歩きしちゃって。ステッカーやポスター、Tシャツもある。最高だよな」

 

< Black Market Art Company >

「そして、Black Market Art Companyという服屋の人たちと契約して、アートショーをやったんだけど、僕のアートワークのシャツを作ってくれたんだ。新しい写真も撮ったんだけど、ほとんど同じような感じで、Rick Walters “Still Hates You”(リック・ウォルターズ“未だにヘイトユー”)って書いてあるんだ」

「見ず知らずの人に自分の写真をタトゥーするのは奇妙だけど、かなりシンプルで、ただの風刺画みたいな感じ。ちょっと変かな。もう何個もやったから、すぐにできるようになっちゃったよ」

そしてウォルターズは、バート・グリムスが閉鎖されたとき、セミリタイア状態になります

「Wanda Shaw(ワンダ・ショー)が死んで、Larry Shaw(ラリー・ショー)が、ショップの土地を売り払っちまったんだ。オレは奴の尻のケツを蹴り飛ばすとこだったぜ。奴の弟のBobby Shaw(ボビー・ショー)はパイクで一緒に働いてんのによ。で、ラリーは立ち退きの通知を送ってきやがった。最悪な話だよな」

「28年勤めたんだぜ。金の時計(アメリカの定年退職者に贈られる慣習)と賞賛を受けるはずが、たちまち追い出されちまった。あんなクソ野郎にされてもな。とにかく、しばらくはタトゥーの仕事をやめてたんだ。もうやめた、引退しようって思ったんだ。貯金もあったし、女房もいい仕事してたし。でも4、5ヶ月で心臓発作を起しちまった。最悪だよ。それで、またタトゥーに戻ったんだ」

 

< リック・ウォルターズ  >

ウォルターズは、タトゥーの仕事に戻ると、週に1日、いろいろなお店を飛び回るようになります。しかし、また自分の店を持つことになります

「住んでいたところのすぐ近くにタトゥーショップがあったんだけど、潰れちゃったんだ。何があったか知らんけど、多分家賃が払えなくなったんじゃないかな。その店にいって、「貸してくれよ」って言ったんだ。それで営業許可を取って、そのショップを借りたんだ。内装が最悪の状態だったんで、店内もカウンターも、何もかも作り直さなけりゃならなかったよ。で、開店して以来、まぁなんとか続けられてるよ。最初の6ヶ月の家賃を払えたなら、上出来だろ。10年契約で、5年延長のオプションもあるから、このまま行ければいいけどな」

 

< 仕事場でのリック・ウォルターズ  >

10年経つとウォルターズは85歳くらいになっています

「そのころには引退しているはずだ。ああ、そうだな。タトゥーの椅子で死ぬつもりだ」

その時ウォルターズは、タトゥーを彫られているのでしょうか?それとも彫っているのでしょうか?

『(Laughs) Who knows?(知らねーよ(笑))』

ウォルターズは、バート・グリムスを生きた美術館にしただけでなく、南カリフォルニアの何世代にもわたる芸術家たちの最終学歴にしました。彼らは、真っ黒な線、基本的な色、人魚や錨などの古典的な航海のモチーフを特徴とする、いわゆるアメリカン・トラディショナルの複雑さを彼から学びました

 

< リック・ウォルターズの弟子であるKari Barba(カリ・バーバ) >

2002年にバート・グリム店が閉店するまで、ウォルターズはその任に当たりました。しかし、ウォルターズは、彼の弟子の一人(弟子ですが女性)であるKari Barba(カリ・バーバ)を説得して、この場所を引き継ぎ、改装しました。彼女の店『Outer Limits Tattoo(アウター・リミッツ・タトゥー)』は、今も同じ場所にあります

 

< カリ・バーバ >

バーバは、「彼は怖そうに見えたけど、優しい心の持ち主だった」と言います。なぜなら長く勤めている人たちは、レズビアンの女性がボスになることを不満に思っていました。しかし、ウォルターズがバーバを公然と承認すると、彼らの不満はなくなります。バーバは「このことは、ずっと感謝しています」と言っていました

ウォルターズは、この2009年の初めにサンセットビーチにRick Walters World Famous Tattoo Parlor(リック・ウォルターズ・ワールド・フェイマス・タトゥー・パーラー)をオープンし、オリジナルのバート・グリムスの歴史的なフラッシュシートを展示し、クライアントに施術を行っていました

 

< お茶目なリック・ウォルターズ >

「タトゥーによって、彼は本当の自分になることができたのです」と、ウォルターズの店を引き継ぐことになったKJと名乗る彼の連れ子は言います。「彼はお客さんと遊ぶのが好きで、道化になるのが好きだったんです。でも、もしあなたが少しでも動くようなものなら、彼は『Shut the fuck up and sit the fuck still.(黙って......じっとしてろ) 』と言うでしょうね」と語っています

 

< ガンダルフと呼ばれていたリック・ウォルターズ >

近年、ウォルターズは南カリフォルニアのタトゥー界のガンダルフとして、いつも髪を伸ばし、長い髭を生やし、スタイリッシュなフェドラを被り、その役割を楽しんでいました。彼は、若い頃の怒れる自分のモノクロ写真に "Rick Walters Hates You "とキャプションをつけたステッカーやポスターを配っていました。それは、ウォルターズの尊敬を集めた証であり、今では世界中のタトゥーショップに飾られています

ウォルターズには、妻のRobin(ロビン)と5人の子供、3人の連れ子、19人の孫、8人のひ孫がいました

Sludgeheadでは、日本未発売のRick WaltersのTeeとBlack Market Art CompanyのJacketを取り揃えております。この機会に是非!

 

Black Market Art Company "RICK WALTERS HATES YOU" ART PRINT

 

Black Market Art Company "RICK WALTERS STILL HATES YOU" ART PRINT

 

Black Market Art Company WIRED LINED SHOP JACKET

 

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