Guns N' Roses

Guns N' Roses

Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼズ)は、1985年に結成されたカリフォルニア州ロサンゼルス出身のアメリカのハードロックバンドです

 

< Izzy Stradlin(イジー・ストラドリン), Steven Adler(スティーブン・アドラー), Axl Rose(アクセル・ローズ), Duff Rose McKagan(ダフ・マッケイガン), Slash(スラッシュ)>

1986年にGeffen Records(ゲフィン・レコード)と契約した当時のオリジナルメンバー(実際は第二期のメンバー)は、ボーカルのW Axl Rose(ウィリアム・アクセル・ローズ)、リードギターのSlash(スラッシュ)、リズムギターのIzzy Stradlin(イジー・ストラドリン)、ベースのDuff Rose McKagan(ダフ・マッケイガン)、ドラムのSteven Adler(スティーブン・アドラー)で構成されていました

現在のラインナップは、アクセル、スラッシュ、ダフ、ギタリストのRichard Fortus(リチャード・フォータス)、ドラマーのFrank Ferrer(フランク・フェラー)、キーボーディストのDizzy Reed(ディジー・リード)とMelissa Reese(メリッサ・リース)で構成されています

  

< Tracii Guns(トレイシー・ガンズ), Izzy Stradlin(イジー・ストラドリン)>

1984年当時、Hollywood Rose(ハリウッド・ローズ)のメンバーであるイジーとL.A.GunsのメンバーであるTracii Guns(トレイシー・ガンズ)はルームシェアしていました。トレイシー・ガンズは、L.A.Gunsが新しいボーカルを探していて、イジーはHollywood Roseのボーカル、アクセルを紹介しました

 

< Tracii Guns(トレイシー・ガンズ)>

トレイシー・ガンズは、2019年のインタビューでGuns N' Rosesの結成をこう振り返っている。「アクセルが俺たちL.A.Gunsのマネージャーと口論になって、マネージャーがアクセルをクビにしたんだけど、俺たちはみんな一緒に住んでいたから、すべてが本当に意味不明だったんだ。だから、アクセルと俺は座って『これからどうするんだよ?』って、それで二人で『Fuck that!!(クソくらえ)』と言って、アクセルがL.A.Gunsを解雇されたその夜に俺たちは、新しいバンドを結成した。Guns N' Rosesって言うバンド名を思いつき、その次の日にイジーに電話して『俺たちGuns N' Rosesという新しいバンドを始めるつもりなんだけど、入るか? 』って言った、それくらい単純な話しだった、正直ドラッグとかは全然関係ないんだよ」

バンド名のGuns N' Rosesは、両者のグループの名前を組み合わせた造語で、バンド名として却下されたのは「Heads of Amazon」と「AIDS」

  

< Tracii Guns(トレイシー・ガンズ), Axl Rose(アクセル・ローズ)>

これにより、1985年3月にアクセル、リズムギタリストのイジー、そしてL.A.Gunsの創設者のリードギタリストのトレイシー・ガンズ、ドラマーのRob Gardner(ロブ・ガードナー)、ベーシストのOle Beich(オレ・ビーチ)によってGuns N' Rosesが結成されました

  

< Duff Rose McKagan(ダフ・マッケイガン)>

Guns N' Roses結成直後のリハーサルの後、ベーシストのオレ・ビーチは解雇され、Duff Rose McKagan(ダフ・マッケイガン)に交代。ダフとの最初のリハーサルがレコーディングされ、そこから3曲(「Don't Cry」、「Think About You」、「Anything Goes」)が、バンドの最初のラジオインタビュー(1985年3月26日のトルバドールでの最初のショーの2日前に放映)で再生された。この頃、バンドは前述の3曲と「Heartbreak Hotel」のカバーを収録したEPのリリースを計画していたが、アクセルと口論になったトレイシー・ガンズがバンドを脱退し、リリース計画は頓挫した

  

< Slash(スラッシュ)>

< Steven Adler(スティーブン・アドラー)>

トレイシー・ガンズの後任のリードギタリストは元Hollywood RoseのSlash(スラッシュ)となります。L.A.ガンズのメンバーで最後にガンズ残ったドラマーのロブ・ガードナーはトレイシー・ガンズ脱退直後に脱退。後任ドラマーは同じく元Hollywood RoseのSteven Adler(スティーブン・アドラー)になります。そして所謂黄金期のラインナップが完成されます

  

<1st Album『Appetite for Destruction』Robert Williams , 問題になり発売禁止になったアルバムアートワーク>

Guns N' Rosesのデビューアルバム『Appetite for Destruction(アペタイト・フォー・デストラクション)』が1987年7月21日にリリースされます。そのアルバムアートワークは、ロウブロウ・アートのパイオニアRobert Williams(ロバート・ウィリアムズ)による短剣の歯を持ったモンスターがロボット強姦魔に復讐するシュールレアリスム的シーンで、メンバーは、「アルバムアートワークは、ロボットが我々の環境をレイプし汚染し続けている産業システムを象徴し、その社会的声明」と述べていましたが、かなり問題になりリリース直後に差し替えられます

 

< 1st Album『Appetite for Destruction』Bill White Jr , 差し替えられたアルバムアートワーク>

差し替えられたアルバムアートワークは、Bill White Jr(ビル・ホワイト・ジュニア)のデザインを基にAndy Engell(アンディ・エンゲル)が再デザインしたものです。このアートワークは、5人のバンドメンバーの頭蓋骨を十字架に重ねたものです

  

<『Johnny the Fox』Thin Lizzy >

ビル・ホワイトがカリフォルニア州ロングビーチで美大生だった頃、従兄弟からガンズを紹介され、ビルとバンドは友人になります。「ある日、アクセルが電話してきて、僕が従兄弟の壁に描いた絵を見て、タトゥーのデザイン画を描いてくれないかと頼んできたんだ。僕はいいよと言ったんだ。十字架とドクロをバンドに見立てたのはアクセルのアイデア。あとは僕が描いた。十字架の結び目は、アクセルも僕も大好きなバンド、Thin Lizzy(シン・リジィ)にちなんでいるんだ」。アイルランドの偉大なロックバンドのシン・リジィは、1976年のアルバム『Johnny the Fox』のジャケットにケルトのボーダー柄のデザインを使用しています

  

<ビル・ホワイトが描いたラフ画>

ビルは、最初に鉛筆のスケッチで「アクセルにチェックしてもらうラフ画」を製作し、次にブリストル紙を使用して水彩、ガッシュ、インクを使ってフルカラーの最終イメージで完成させたそうです。ビルは、彼の最終的な絵はおそらくゲフィン・レコードが所有しているだろうと言っています

その後、アクセルはロサンゼルスのサンセット・ストリップ・タトゥースタジオのRobert Benedetti(ロバート・ベネデッティ)に十字架のデザインを腕に彫ってもらいます(ベネデッティは『Appetite for Destruction』のライナーノートで「タトゥー」とクレジットされています)

ビル・ホワイトは、「アクセルがまた電話してきて、問題が起きてウィリアムスのアートワークが却下されたから、(僕のデザインを)アルバムジャケットにすると言ってきた...それはいいじゃん!!」と思ったそうです

 

<『ダーティーハリー5』にカメオ出演するメンバーのイジーとスラッシュ>

当初、アルバムとシングルはうまくいかずに1年近く低迷していましたが、ゲフィンレコードの創設者であるデヴィッド・ゲフィンはバンドに支援を要請され、自らMTVの幹部に同ネットワークの時間外ローテーションで「Welcome to the Jungle(ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル)」を流すよう説得しました。当初は日曜日の午前4時に1度だけ流されていましたが、ヘヴィメタルとハードロックのファンがすぐに食い付き、ビデオと曲が大量にリクエストされるようになります。この曲は1988年のクリント・イーストウッド主演の『ダーティーハリー5』に登場し、アクセル以外のバンドメンバーはこの映画にカメオ出演しています。撮影時にスラッシュは、クリント・イーストウッドと会って挨拶した際に彼の凄みに圧倒されたと言っています。クリント・イーストウッドに「いいアルバムだな」と褒められたそうです

 

 

 

< Axl Rose(アクセル・ローズ), Erin Everly(エリン・エバリー)>

「Sweet Child o' Mine(スウィート・チャイルド・オブ・マイン)」は、ラジオとMTVでヘビーローテーションされ、1988年の夏に大ヒットし全米のチャートで上位に食い込みます。この曲は、エバリー・ブラザーズのドン・エバリーの娘である当時のアクセルの恋人エリン・エバリーのために、アクセルが作曲したラブソングです。バンドの草の根的成功が高まっていたことと、男女ともに魅力を感じる曲であることが大ヒットにつながります。この曲はガンズの曲の中で最も高いチャートイン率を誇り、バンドで唯一、ビルボードホット100で1位になった曲になります

 

 

「Sweet Child o' Mine」の成功後、「Welcome to the Jungle」はシングルとして再発され、全米7位を記録。また「Paradise City(パラダイスシティ)」のビデオがヘビーローテーションされる頃には、とうとう全米5位を記録します。『Appetite for Destruction』はビルボード200で1位を獲得し、現在までにアルバムは世界中で3000万枚以上売り上げ、そのうちアメリカでは1800万枚を、アメリカでは11番目に売れたアルバムに加え、歴代のデビューアルバムとしてベストセラーの座を獲得します

1990年、ガンズはスタジオに戻ります。ただドラマーのスティーブン・アドラーは薬物使用のために一時解雇されましたが、薬物を止めることを誓う契約にサインし、後に復帰します。しかし「Civil War」のレコーディングセッション中、アドラーはコカインとヘロイン中毒に苦しんでいたためにうまく演奏できず、バンドに30テイクもレコーディングをやり直させることになってしまい。結果、1990年7月11日に解雇されてしまいます

  

< Matt Sorum(マット・ソーラム)>

そして、The Cult(カルト)のドラマーのMatt Sorum(マット・ソーラム)が加入します。スラッシュは当時マット・ソーラムがバンドの解散を防いでくれたと信じていました

スティーブン・アドラーをマット・ソーラムに交代したことで、ガンズ・アンド・ローゼズがロックンロール・バンドからヘヴィメタル・バンドになったというインタビュアーの指摘に対して、イジー・ストラドリンはこう答えています。「ああ、音楽的に大きな違いだ。スティーブンがバンドに何をもたらしてくれていたのかを最初に理解したのは、彼がミシガンで手を骨折したときだった...。それで、ヒューストン公演のためにシンデレラからフレッド・クーリーに来てもらったんだ。フレッドは技術的には安定した良いドラム演奏をしたが、曲の仕上がりは最悪だった。この曲はスティーブがドラムを叩いていて、彼のスイングのセンスが曲の雰囲気を作っていたんだ。スティーブンがガンズからいなくなると、ただ......信じられないようなことが起こった。何もかもがうまくいかなかくなってしまった」

バンドは1991年9月17日に2枚のアルバム『Use Your Illusion I(ユーズ・ユア・イリュージョンⅠ)』と『Use Your Illusion II(ユーズ・ユア・イリュージョンⅡ)』をリリースします。アルバムは発売直後ビルボードチャートでそれぞれ第2位と第1位に並びます。アルバムは初週に77万枚(『Use Your Illusion II』)、68万5000枚(『Use Your Illusion I』)を売り上げ、108週チャート入りします

ガンズ・アンド・ローゼズは『Use Your Illusion』のアルバムに合わせて、「Don't Cry(ドント・クライ)」、「November Rain(ノーベンバー・レイン)」、「Estranged(イストレインジド)」など、これまでに作られた中で最も費用の掛かったミュージック・ビデオを制作します。バラードの「November Rain」はアメリカで3位になり、MTVで最もリクエストの多いビデオとなり、1992年のMTV Video Music Awardでベストシネマグラフィー賞を獲得します。8分57秒という、当時全米チャート史上最長のトップ10入りを果たした曲でもあります。授賞式の時、バンドはエルトン・ジョンのピアノ伴奏でこの曲を演奏しています

 

 

 

 

< Faith No More(フェイス・ノー・モア)のMike Patton(マイク・パットン)>

『Use Your Illusion』のワールドツアーは、サポートバンドとして、Soundgarden(サウンドガーデン)、Faith No More(フェイス・ノー・モア)を引き連れます。このツアーにおいてフェイス・ノー・モアのボーカルのMike Patton(マイク・パットン)がライブ中に必ずガンズの悪口を言ってしまうという奇行に出てしまいます。スラッシュ曰く「あいつらから見たら、俺らは大金稼いでいる肥え太ったブタにしか見えなかったんだろうな」と振り返ります。アクセル、スラッシュ、サウンドガーデンのメンバー、フェイス・ノー・モアのメンバーと注意しますが、またやってしまいます。流石にそんなにガンズとツアーするのが嫌なら、最初から断ればいいじゃないかとアクセル、スラッシュが怒鳴りつけると、やっとおさまったそうです

  

< Soundgarden(サウンドガーデン)イリュージョンツアー1992 >

当時勢いがあったグランジ最強のSoundgardenのライブ中に、ガンズのメンバーが全裸で飛び入りするというイタズラをします。スラッシュが「俺らなりのパンクスピリットを見せたんだけど、彼らも楽しんでたよ。ただChris Cornell(クリス・コーネル)の超驚いた顔は最高だったね」と

1991年7月2日、ミズーリ州メリーランドハイツのリバーポート・アンフィシアターで、アクセルはファンがカメラでショーを撮影しているのを発見します。会場のセキュリティにカメラを取り上げるよう話ますが、結局アクセルが観客席に飛び込み、ファンとつかみ合い、アクセルは彼を殴りつけてしまいます。スタッフによって客席から引きずり出された後、アクセルは、"Well, thanks to the lame-ass security, I'm going home!",「サンキュークソセキュリティ!俺は帰る!」と言い、マイクを地面に投げつけ、ステージから去り、ショーの突然の終了に怒り狂った観客は暴動を起こし、数十人が負傷した。バンドの機材も盗難、破壊されてしまいます。スラッシュのお気に入りのアンプも壊されてしまい唖然だったそうです。この映像はツアーを記録していたロバート・ジョンによって撮影されています。警察は、バンドがツアーを続けるため海外に行ったため、ほぼ1年近くアクセルを逮捕できませんでした。アクセルに対して告訴が行われたが、裁判官は彼が暴動を直接扇動したわけではないとの判決を下します。アクセルは弁護側として、ガンズ・アンド・ローゼズのセキュリティチームが、カメラの撤去を会場のセキュリティに4回要求したが無視されたこと、バンドの他のメンバーが観客から投げられた瓶が当たったことを報告していたこと、セキュリティスタッフが飲酒制限を行うのを拒否したことを述べています。アクセルは結局、物損と暴行で有罪判決を受けます。また、この事件により、アクセルには5万ドルの罰金と2年の執行猶予が言い渡されました

 

 

< イジー・ストラドリン >

リズムギタリストのイジー・ストラドリンは1991年11月7日、ドイツでのコンサート中に暴動の再現が起こりそうになり、突然バンドを脱退してしまいます。後にイジーは、「俺はバスを降りたんだよ。それで本当に安心できたんだ」と言っています

  

< Gilby Clarke(ギルビー・クラーク)>

そして、イジーの代わりにGilby Clarke(ギルビー・クラーク)がリズムギタリストとしてガンズに参加します。彼はファーストアルバム、そして2枚組のアルバムを短期間で覚えなければいけませんでした。最終的に覚えられない曲は、コード進行のみを腕に書いてたりして上手くしのいたそうです

1992年、ガンズはフレディ・マーキュリー・トリビュート・コンサートで3曲を演奏します。人種差別的な歌詞で物議を醸した曲「One in a Million(ワン・イン・ア・ミリオン)」により活動家グループACT UPはガンズをコンサートに出さないように要求し、他のアーティストにガンズを避けるように促し、観客はグループに対してブーイングするよう促します

クイーンのメンバーは活動家を否定し、リードギターのブライアン・メイは次のように述べています。「人々はとても盲目のように見える」。スラッシュは、クイーンの残りのメンバーやデフ・レパードのボーカリストのジョー・エリオットと「Tie Your Mother Down」を演奏し、アクセルは「We Will Rock You」を演奏し、「Bohemian Rhapsody」でエルトン・ジョンとデュエットをします

 

 

 

< アクセル・ローズとスラッシュ >

アクセルの人種差別的歌詞についてですが、ガンズの初期のライブでは、スラッシュが黒人のギタリスト(白人のハーフ)なので、他のバンドからそれついて揶揄される事が多々ありました。しかし、アクセルはそれを決して許さず。それを耳にすると100%キレたそうです。スラッシュは心底信頼できたと言っています。なので、歌詞の中だけの事ではないかと推測します

  

< Nirvana(ニルヴァーナ)>

バンドが『Use Your Illusion』ツアーのセカンド・レグでアメリカに戻ったとき、アクセルはグランジ・バンドのNirvana(ニルヴァーナ)をサポート・アクトとしてオファーしますが、リード・シンガーのKurt Cobain(カート・コバーン)はそれを断わってしまいます

 

< Guns N' Roses と Metallica >

同年末、ガンズはヘヴィメタル・バンドのMetallica(メタリカ)と共に『Guns N' Roses / Metallica Stadium Tour』に乗り出し、Faith No More、Motörhead(モーターヘッド)、Body Count(ボディカウント)がサポートした。1992年8月にモントリオールのオリンピックスタジアムで行われた公演で、メタリカのリードボーカル、James Hetfield(ジェームス・ヘットフィールド)はパイロの故障により手と顔に第2度の火傷を負ってしまいます。メタリカは公演をキャンセルすることを強いられたが、別の公演でモントリオールに戻ることを約束した。観客がますます落ち着かなくなるような長い遅延の後、ガンズ・アンド・ローゼズがステージに立った。しかし、セッティングの時間が短いため、ステージモニターの調整がうまくいかず、アクセルの声が聞こえない。そしてアクセルは喉を痛めて、バンドは早々にステージを降りてしまいます。このキャンセルにより、再び観客の暴動が起こり、10人の観客と3人の警察官が負傷します。警察はこの事件に関連して少なくとも12人の逮捕者を出してしまいます。それらにより "The most dangerous band in the world" (世界で最も危険なバンド)と言われます

  

<『”The Spaghetti Incident ?(ザ・スパゲティ・インシデント?)』>

1993年11月23日に『”The Spaghetti Incident ?(ザ・スパゲティ・インシデント?)』というパンクカバーアルバムをリリース。アルバムタイトルは、1989年にガンズがシカゴのアパートに一時的に滞在していた時にスティーブン・アドラーが起こした事件にちなんでいる。アドラーは、バンドのテイクアウト用容器の隣にある冷蔵庫に麻薬を保管しており、その中にはイタリア料理が入っていた。ダフは、アドラーが隠し持っていたブツのコードネームは「スパゲッティ」だったと説明している。バンドに対する訴訟の中で、アドラーの弁護士はバンドに「スパゲッティ事件について教えてくれ」と要求し、バンドはこれを面白がってアルバムのタイトルに使います。レコーディングでは、イジーの録音は消され、ギルビー・クラークのものに差し替えられているという噂があります。このアルバムには隠しトラックがあり、カルト教団の指導者チャールズ・マンソンの「Look at Your Game, Girl」のカバー曲が収録されていますこの曲のカバーについて、法執行機関と被害者の権利団体が怒りを表明し、議論を呼びます。 後にアクセルは「・・・お蔵入りにしたかった」と述べている。レーベル社長のデヴィッド・ゲフィンは「我々はチャールズ・マンソンの功績を一切認めていない」と述べている。スラッシュはこの曲について、「素朴で無邪気なブラックユーモア」と述べている。アクセルはこの曲の演奏使用料をすべて非営利の環境保護団体に寄付すると表明します

そしてガンズは長い休眠期間に入ります。アクセルのパラノイア的な性格が暴走したのか、何なのか。イジーがアクセルに物申すと、アクセルは分厚いノートを引っ張り出してお前は何年何月何日にこう言ってたじゃないか。矛盾していると言われ絶句したそうです。アクセルは人の発言をくまなくメモするという習性も持っているそうです

  

< Interview with the Vampire(インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア)>

1993年から1994年頃は、なんとなくガンズはもうダメだという風潮があり、またイリュージョン2枚組もドラムとサウンドがあまり好きにはなれず(今聴くと超カッコイイですが)自分の中でももういいかなという感じでした。雑誌のカバーでは見かけるがメディアには全然姿を見せなくなってしまいます。そして当時暇だし映画でも見ようとトム・クルーズ主演の「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のやっている映画館に行きます。全然期待してなかったのですが、映画もかなり楽しめてエンドロールが始まり、さあ帰ろうかなと思った時にアクセルの声が、、、

その曲名は、「Sympathy For The Devil(シンパシー・フォー・ザ・デビル)」でThe Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)のカバーです。オリジナルをほぼ忠実に再現していて、なんだろうこの手のバンドはオリジナルを超えてしまうような迫力がありますね。映画館で爆音でこの曲が流れたので、涙が出るほど本当にグッときました。やっぱりアクセルは最高のボーカリストだし、スラッシュのギターも最高にカッコよかった。速攻でサントラを買い行きました

アクセルは、この曲のレコーディングために、ギルビー・クラークの解雇を決め、Paul Tobias(ポール・トバイアス)をバンドに迎え入れ、スラッシュのパートに重ねて演奏させたため、スラッシュが激怒、バンドの黄金時代の終わりの始まりとなったことで悪名高い曲です。その結果、スラッシュは脱退し、オリジナルメンバーはアクセルのみになり解散することになります

 

 

< 娘のフランシスとコートニー・ラブとカート・コバーン >

カート・コバーンが、妻のコートニー・ラブと赤ちゃん(娘)と楽屋で座っていると、薄化粧をしたアクセルが通りかかり、コートニーがアクセルに「ねぇアクセル、赤ちゃんの名付け親(ゴッドファーザー)になってよ!」とアクセルを茶化します。するとアクセルがカートに「この女(ビッチ)を黙らせろ」と言い、カートが裏声で「黙れこのビッチ」と言い掴みあいになりそうになります。当時ガンズとニルヴァーナは仲が悪く、カートが「ガンズにはファッションがあり、ニルヴァーナにはパッションがある」と煽ります。しかしカートが自殺直前に話しているのは、シアトル行き(二人は同郷)の飛行機でたまたま隣どうしになったガンズのベーシストのダフ・マッケイガンでした

今ではスラッシュとダフがガンズに戻りましたが、アクセルもスラッシュも激太りし全盛期の輝きはもうありません。前回の埼玉スーパーアリーナも全然期待してなかったんですが、とにかく楽しかった。めちゃくちゃ楽しかった。危険な香りの悪の華はもうありませんが、次回は家族で行って子供達と楽しみたいなと思いました

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