Black Sabbath

Black Sabbath

Black Sabbath(ブラック・サバス)は、直系のハードロックやヘヴィメタルに留まらず、Black Flag(ブラック・フラッグ)などのハードコアパンクやSoundgarden(サウンドガーデン)、Nirvana(ニルヴァーナ)などのグランジ、ブラックメタルやドゥームメタル(ストーナーロックやスラッジメタルも含む)といったジャンルにおいても、その源流として扱われることが多く、その影響力は多岐に及びます。ここではオジー在籍時に焦点を当てて進めていきます

 

< Geezer Butler(ギーザー・バトラー)、Tony Iommi(トニー・アイオミ)、Bill Ward(ビル・ワード)、Ozzy Osbourne(オジー・オズボーン)>

 

Black Sabbathは、ギタリストのTony Iommi(トニー・アイオミ)、ドラマーのBill Ward(ビル・ワード)、ベーシストのGeezer Butler(ギーザー・バトラー)、ボーカリストのOzzy Osbourne(オジー・オズボーン)によって1968年にバーミンガムで結成されたイギリスのロックバンドです。『Black Sabbath(ブラック・サバス)』(1970年)、『Paranoid(パラノイド)』(1970年)、『Master of Reality(マスター・オブ・リアリティ)』(1971年)などのリリースにより、このジャンルの定義づけに貢献しました。1979年にオズボーンが脱退した後、バンドは何度もラインナップの変更を行い、アイオミは彼らの歴史を通して唯一の不変のメンバーになります

 

< 若かりしOzzy Osbourne(オジー・オズボーン)>

 

彼らは、The Polka Tulk Blues Band(ポルカ・タルク・ブルース・バンド)やEarth(アース)などのグループ名を経て、1969年にBlack Sabbath(ブラック・サバス)と名乗るようになりました。オカルトをテーマにしたホラーテイストの歌詞とダウンチューニングのギターで差別化を図り、1969年11月にフィリップス・レコードと契約しました。翌年、1970年1月にファーストシングル『Evil Woman(イーヴィル・ウーマン)』をリリース、翌月にはデビューアルバム『Black Sabbath』を発表しました。批評家からは否定的な反応を受けましたが、アルバムは商業的に成功し、同年末には後続のアルバム『Paranoid』を発表しました。バンドの人気は高まり、1973年の『Sabbath Bloody Sabbath(サバス・ブラッディ・サバス)』では、批評家も好意的な反応を示すようになりました

 

< Bill Ward(ビル・ワード)、元Rainbow(レインボー)のRonnie James Dio(ロニー・ジェームス・ディオ)、Tony Iommi(トニー・アイオミ)、Geezer Butler(ギーザー・バトラー)>

 

しかし、バンドとして活動を進めていく中、オジー・オズボーンは過度の薬物乱用により、1979年に解雇されます。後任には元Rainbow(レインボー)のボーカリスト、Ronnie James Dio(ロニー・ジェームス・ディオ)が就任しました。ディオが加入しアルバム『Heaven and Hell(ヘヴン&ヘル)』(1980年)をリリースします。しかし『Heaven and Hell』のツアー中にドラマーのビル・ワードが脱退し、Vinny Appice(ヴィニー・アピス)が加入、その後正式メンバーとなり、『Mob Rules(モブ・ルールズ)』(1981年)をリリースしました

ブラック・サバスは1980年代半ばから1990年代半ばにかけて、Ian Gillan(イアン・ギラン)、Glenn Hughes(グレン・ヒューズ)、Ray Gillen(レイ・ギラン)、Tony Martin(トニー・マーティン)、さらに数人のドラマーとベーシストを含む多くの人事異動を経験することになります。1987年にイアン・ギランの後任となったトニー・マーティンは、2番目に長く在籍したボーカリストで、1991年に解雇されるまでブラック・サバスで3枚のアルバムをレコーディングしています。同年、アイオミとバトラーにディオとアピスが加わり、『Dehumanizer(ディヒューマナイザー)』(1992年)をレコーディングします

1993年にディオの代わりにマーティンが復帰し、さらに2枚のスタジオアルバムを制作した後、1997年にバンドのオリジナルラインナップを再結成し、翌年にはライブアルバム『Reunion(リユニオン)』(1998年)をリリースしました。様々なバックカタログの再発やコンピレーションアルバム、モブ・ルールズ時代のラインナップがヘヴン&ヘルとして再結成した以外は、ブラック・サバス名義での活動は2011年まで行われず、2013年にビル・ワードを除くオリジナルメンバー全員が参加した最後のスタジオアルバムで通算19枚目となる『13』(2013年)をリリースしました。お別れツアーの間、バンドは2017年2月4日に故郷のバーミンガムで最後のコンサートを行いました。その後も時折部分的な再結成が起こっており、最近ではバーミンガムで行われた2022年のコモンウェルス・ゲームズの閉会式でオズボーンとアイオミが一緒に演奏しました

 


Ozzy Osbourne and Tony Iommi Live At Commonwealth Games Closing Ceremony 08-08-2022

 

< グラミー賞特別功労賞の授賞式でのBlack Sabbath >

 

ブラック・サバスは、世界中で7000万枚以上のレコードを売り上げており、最も商業的に成功したヘビーメタルバンドの一つとなります。また、MTVの「史上最も偉大なメタルバンド」に選ばれ、VH1の「ハードロックの偉大なアーティスト100人」では2位にランクインしました。ローリングストーン誌では「史上最も偉大なアーティスト100人」で85位にランクインします。ブラック・サバスは2005年に英国音楽の殿堂入りを果たし、2006年にはロックの殿堂入りを果たしました。また、グラミー賞のベスト・メタル・パフォーマンス賞を2度受賞し、2019年にはグラミー賞の生涯功労賞が贈られました

 

< Black Sabbath結成前 ベーシストのギーザー・バトラーとボーカルのオジー・オズボーン >

 

1968年、ギタリストのトニー・アイオミとドラマーのビル・ワードは、前身バンドのMythology(マイソロジー)を解散した後、バーミンガムのアストンでヘヴィー・ブルース・ロック・バンドを結成しようとしていました。そして彼らは、地元の楽器店に「OZZY ZIG Needs Gig - has own PA」という広告を見つけ、Rare Breed(レアブリード)というバンドを組んでいたベーシストのギーザー・バトラーとボーカルのオジー・オズボーンに声をかけます。Rare Breed(絶滅危惧種)は、Dying Breedと意味は同じで、漫画『BECK』(ベック)作者:ハロルド作石のバンド名ダイブリはここからきていると思われます

 

< Polka Tulk Blues Ban(ポルカ・タルク・ブルースバンド)時代のオリジナルメンバー >

 

この新グループは当初 Polka Tulk Blues Band (ポルカ・タルク・ブルースバンド)と名付けられました。タルカムパウダーのブランド名から取ったのか、インド/パキスタンの衣料品店から取ったのか、正確な由来は不明です

1968年12月、アイオミは突然アースを脱退し、Jethro Tull(ジェスロ・タル)に加入します。バンドでの活動は短期間でしたが、ジェスロ・タルと共にテレビ番組The Rolling Stones Rock and Roll Circusに出演しています。ジェスロ・タルの方向性に満足できなかったアイオミは、その月の終わりにアースへ復帰します。「ただ、それは正しい事じゃなかった。だから辞めたんだ」とアイオミは語っています。「はじめはジェスロ・タルが素晴らしいと思ったんだけど、バンドにIan Andersonのようなやり方をするリーダーがいることにはあまり賛成じゃなかった。でも、ジェスロ・タルから戻ってきたとき、私はまったく新しい態度で戻ってきた。彼らは、成功するためには努力しなければならないことを教えてくれたんだ」と語っています

 

Jethro Tull (with Tnny Iommi)- Song for Jeffrey - Rock and Roll Circus (1968)

 

1969年にイギリスでライブを行っていたとき、バンドは自分たちがアースという名前の別のイギリスのグループと間違われていることに気づき、再び名前を変えることにしました 

 

< ホラー映画『Black Sabbath(ブラック・サバス)「黒い安息日」』 >

 

バンドのリハーサル室の向かいにある映画館では、Boris Karloff(ボリス・カーロフ)主演、Mario Bava(マリオ・バーヴァ)監督の1963年のホラー映画『Black Sabbath(ブラック・サバス)「黒い安息日」』を上映していました。この映画を見るために並ぶ人々を見ていたバトラーは、「ホラー映画を見るために人々が大金を使うのは不思議だ」と指摘します

 

Black Sabbath (1963) ORIGINAL TRAILER

 

その後、オズボーンとバトラーは「ブラック・サバス」という曲の歌詞を書きましたが、これはホラーや冒険小説の作家Dennis Wheatley(デニス・ウィートリー)の作品と、バトラーが見た、ベッドの足元に黒いシルエットの人物が立っていたというビジョンに触発されたものです

 

< Judas Priest(ジューダス・プリースト)のフロントマン、Rob Halford(ロブ・ハルフォード)>

 

この曲は、「悪魔の間奏曲」とも呼ばれるトライトーンという楽音を使い、不吉な音と暗い歌詞で、バンドをより暗い方向へ押しやりました。これは、フラワーパワー、フォークミュージック、ヒッピー文化に支配されていた1960年代後半の大衆音楽とは全く対照的です。Judas Priest(ジューダス・プリースト)のフロントマン、Rob Halford(ロブ・ハルフォード)はこの曲を「おそらくこれまでに書かれた中で最も邪悪な曲」と呼んでいます

この新しいサウンドに触発されたバンドは、1969年8月にバンド名をブラック・サバスに変更し、ホラー映画に匹敵する音楽作品を作ろうと、同様の作品を書くことに集中する決断をします

 

Black Sabbath (live) - Black Sabbath (The Last Supper)

 

Black Sabbath(1970年2月)

< 1st Album『Black Sabbath(ブラック・サバス)』(1970)>

 

『Black Sabbath(ブラック・サバス)』は、ブラック・サバスのデビュースタジオアルバムで、1970年2月13日にイギリスのVertigo Records(ヴァーティゴ・レコード)から発売されます。不穏なジャケットで、インナースリーブには逆十字が描かれており、13日の金曜日に発売されました。メンバーはアートワークには関わっていませんでしたが、「最高だな」と思いつつも「やりすぎかも」とも思ったそうです。信神深くないオジーの父親でも、本気で心配したそうです。しかしながら、その父親が逆十字のクロスのネックレスを作りメンバー全員にプレゼントしています。そして1970年6月1日にアメリカのWarner Bros. Records(ワーナーブラザーズ・レコード)からも発売されます。このアルバムは最初のヘビーメタルアルバムとして広く知られており、オープニング曲のBlack Sabbath(ブラック・サバス)は最初のDoom Metal(ドゥームメタル)曲として言及されています

 

< Albumパッケージとインナースリーブ >

 

発売と同時にUKアルバムチャートで8位、USビルボード200で23位を記録しました。『Black Sabbath』はRobert Dimery(ロバート・ディメリー)の2005年の音楽参考書「死ぬまでに聴いておきたい1001枚のアルバム(1001 Albums You Must Hear Before You Die)」に収録されています

Netflix(ネットフリックス)のテレビドラマPeaky Blinders(ピーキー・ブラインダーズ)のシーズン5の第1話27分18秒から、このアルバムの「The Wizard(ウィザード)」が流れます。ピーキー・ブラインダーズは、Steven Knight(スティーブン・ナイト)が製作したイギリスの時代劇テレビシリーズです。ブラック・サバスと同郷のイギリスはバーミンガムを舞台に、第一次世界大戦直後の犯罪組織「ピーキー・ブラインダーズ」の活躍を描いています。この架空のギャングは、1880年代から1910年代にかけてバーミンガムで活動していた同名の実在のギャングをゆるやかにモデルにしています。まずバーミンガム特有の発音とスーツ姿のギャングがバッチリハマって最高にカッコいいドラマです。その襲撃のシーンで「The Wizard」が流れるのは最高にクールです

 

Paranoid(1970年9月)

 

< 2nd Album『Paranoid(パラノイド)』(1970)>

 

『Paranoid(パラノイド)』は、ブラック・サバスの2枚目のスタジオアルバムで、1970年9月にイギリスのVertigo Records(ヴァーティゴ・レコード)、アメリカのWarner Bros(ワーナー・ブラザース・レコード)から発売されました。アルバムには「Iron Man(アイアンマン)」、「War pigs(ウォー・ピッグス)」、そしてバンド唯一のトップ20ヒットとなったタイトル曲「Paranoid(パラノイド)」(全英チャート4位)など、バンドの代表曲がいくつか収録されています

ローリングストーン誌の2017年の出版物では、『Paranoid(パラノイド)』は「史上最も偉大なメタル・アルバム100枚」のリストで1位に選ばれました。このアルバムは、ヘヴィメタル音楽ジャンルの発展にとって、重要な影響を与え、また、最初期のヘヴィメタル・アルバムの1つとして挙げられます。2013年に『13』をリリースするまで『Paranoid』はバンドにとって唯一の全英アルバムチャート上位に入ったアルバムでした

 

< IRON MAN(2008)>

 

Marvel Cinematic Universe(マーベル・シネマティック・ユニバース)通称MCUの第1作目、Jon Favrearu(ジョン・ファブロー)監督による2008年公開の『Iron Mam(アイアンマン)』のエンディングで、ブラックサバスの「Iron Man(アイアンマン)」が絶妙なタイミングで流れます。当初MCUは「Iron Man(アイアンマン)」の楽曲使用には難色を示しました。監督達の執拗な説得により「Iron Man(アイアンマン)」に使用許可がコミコンの1週間前におりました。マーベルスタジオは、アイアンマンの成功や2009年にディズニーに買収されるまでは、基本的に独立したスタジオでした。2008年当時、マーベルの有名キャラクターの権利はFox(フォックス)とSony(ソニー)が持っていたため、最初の作品である『アイアンマン』は、スタジオにとって浮くか沈むかの瀬戸際の作品でした。特にブラック・サバスのようなバンドの楽曲は、映画やテレビで使用する権利を買うとなると、高額な費用が掛かります。しかし「Iron Man(アイアンマン)」の楽曲が無ければ、『Iron Mam(アイアンマン)』はこれほど魅力的な作品には仕上がらなかったでしょう。しかし民放での放映時は10秒ほどでカットされかなりモヤつきます

 

"I Am Iron Man" - Ending Scene - Iron Man (2008)

またパラノイドは、DC Extended Universe production(DCエクステンデッド・ユニバース)作品『Suicide Squad(スーサイド・スクワッド)』でフィーチャーされています

Suicide Squad movie scene - Harley and Deadshot trying to escape

 

Master of Reality(1971年)

< 3rd Album『Master of Reality(マスター・オブ・リアリティ)』(1971)>

 

『Master of Reality(マスター・オブ・リアリティ)』は、ブラック・サバスが1971年7月21日にVertigo Records(ヴァーティゴ・レコード)からリリースした3枚目のスタジオアルバムで、ドゥーム・メタル、ストーナー・ロック、スラッジ・メタルの基礎となった作品として一部の評論家に評価されています

前2作のプロデュースを担当したRodger Bain(ロジャー・ベイン)のプロデュースにより、1971年2月から4月にかけてロンドンのIsland Studios(アイランド・スタジオ)でレコーディングされました。ギタリストのトニー・アイオミとベーシストのギーザー・バトラーは制作中に楽器をダウンチューニングし、アイオミが「より大きく、より重い音」を実現させます

リリース時に批評家からは否定的な評価を受けましたが、現在では史上最高のヘビーメタルアルバムの1つと見なされています。200万枚以上を売り上げた後、ダブルプラチナムとして認定されます

 

< Butthole Surfers(バットホールサーファーズ)のGibby Haynes(ギビー・ヘインズ)>

 

Butthole Surfers(バットホールサーファーズ)の1987年のアルバムでブラック・サバスの「Sweet Leaf(スウィートリーフ)」を「Sweet Loef(スウィート・ローフ)」としてふざけたカバーをしています。Gibby Haynes(ギビー・ヘインズ)自体が最強にふざけているので仕方ないです

 

The Butthole Surfers - Sweet Loaf Live Paard Von Troje, Den Haag 07.05.86

 また、この曲をRed Hot Chili Peppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)が、ヒット曲「Give it away(ギブ・イット・アウェイ)」(1991年)のアウトロとしてスウィートリーフのリフを演奏しています

Red Hot Chili Peppers - Give It Away [Official Music Video]

 

Vol.4(1972)

< 4th Album『Vol.4(ボリュームフォー)』(1972)>

 

『Vol.4(ボリュームフォー)』は、ブラック・サバスが1972年9月25日に発表した4枚目のスタジオアルバムです。ギタリストのトニー・アイオミがプロデュースを担当し、ロジャー・ベインがプロデュースしなかったブラック・サバスの最初のアルバムとなります。バンドの当時のマネージャーであったPatrick Meehan(パトリック・ミーハン)は共同プロデューサーとして名を連ねているが、アルバム制作への実際の関与はごくわずかでした

 

< Ozzy Osbourne(オジー・オズボーン)>

< Bill Ward(ビル・ワード)>

< Tony Iommi(トニー・アイオミ)>

< Geezer Butler(ギーザー・バトラー)>

 

この象徴的なアルバムジャケットアートワークは、1972年1月にBirmingham Town Hall(バーミンガム・タウン・ホール)で行われたブラック・サバスのコンサートでKeef(キーフ)が撮影しました。両手を上げてピースサインをしているオジー・オズボーンのモノクロ写真がアルバムジャケットとなっています。アルバムのオリジナル盤(イギリスのヴァーティゴ、アメリカのワーナーブラザーズ、日本では日本フォノグラム)は、中央にページを接着した門型スリーブが採用されています。バンドメンバーそれぞれの写真ページが用意され、一番中央にステージ上のバンドが写っています。写真はすべて前述のバーミンガムでのライブのものです

 

< 両手を上げてピースサインをしているオジー・オズボーン >

 

このアルバムのオリジナル・ジャケットはとても人気があり、1992年のコンピレーション・アルバム『Peaceville Volume 4(ピースヴィル ボリューム4)』や、ストーナーバンドSleep(スリープ)の『Volume Two EP』、Longmont Potion Castle(ロングモント ポーション キャッスル)の『Longmont Potion Castle Vol.4』、Pantera(パンテラ)の『Planet Caravan EP』日本のDoom Meatalの重鎮Church Of Misery 『Vol1』 など何度も模倣やパロディーが行われています

米国でリリースされた8トラック・テープとカセットは、黄色の背景に黒のシルエットでオジーが描かれた代替アートワークを採用しています

 

<『Peaceville Volume 4(ピースヴィル ボリューム4)』(1992)>

<『Volume Two EP』Sleep (1992)>

<『Longmont Potion Castle Vol.4』Longmont Potion Castle(2007)>

<『Planet Caravan EP』Pantera(1994)>

< 米国でリリースされた8トラック・テープとカセット >

<『Vol1』Church Of Misery(2011)>

 

ブラック・サバスの最高傑作とも呼び声の高い作品ではありますが、CDの音質が悪すぎてあまりしっくりこない人もいると思われます。是非Vinyl(ヴァイナル=レコード)で聴いてみてください。ぶっ飛びますよ

 

BLACK SABBATH - "Snowblind" (Live Video)

 

Sabbath Bloody Sabbath(1973)

< 5th album『Sabbath Bloody Sabbath(サバス・ブラッディ・サバス)』(1973)>

 

『Sabbath Bloody Sabbath(サバス・ブラッディ・サバス)』は、ブラック・サバスが1973年11月に発表した5枚目のスタジオアルバムです。バンドによってプロデュースされ、1973年9月にロンドンのMorgan Studios(モーガン・スタジオ)で録音されました。カリフォルニア州ロサンゼルスで始まったこのアルバムのレコーディングは、1972年から1973年にかけての『Vol.4』の世界ツアー後、バンドの薬物依存と疲労により一時中断されてしまいます。その後、バンドはイギリス・Gloucestershire(グロスターシャー州)のDean(ディーン)の森のクリアウェル城に移り、ギターのトニー・アイオミはアルバムのタイトルトラックとリードシングルとなるメインリフを構想し、レコーディングが再開されます

 

< グロスターシャー滞在中に銃を構えるトニー・アイオミとオジー・オズボーン >

 

ローリングストーン誌はこのアルバムを「とても魅力的な作品」、「完全なる成功」と評し、AllMusic(オールミュージック)はこのアルバムを「傑作であり、あらゆるヘヴィメタルのコレクションになくてはならない」とし、同時に新たな緻密さと成熟がある事を示しています。このアルバムによりバンドはアメリカで5連続プラチナムを獲得します。イギリスでは、1975年2月にブラック・サバスのアルバムとして初めてイギリスレコード協会によるシルバー認定(6万枚販売)を受けます。1994年にGuitar for the Practicing Musician(ギターフォープラクティシングミュージシャン)から「ブラック・サバスのボックスセットで聴きたい曲はどれか?」との質問に、ベーシストのギーザー・バトラーは、「サバス・ブラディー・サバスの全曲かな」と答えています。またギーザーは「あのアルバムは僕らにとって新しい夜明けだったんだ。本当にオープンで素晴らしい雰囲気と楽しい時間、最高なコカインもあって、まるで生まれ変わったような気分だったんだ。このアルバムは人生のパート2ような感じで妙な気分だったんだけど、最高だったよ」とも語っています。トニー・アイオミは回顧録の中で、このアルバムを「頂点」と呼んでいます

 

< Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼス)のSlash(スラッシュ)>

< Mastodon(マストドン)のBrent Hinds(ブレント・ハインズ)>

< Metallica(メタリカ)のKirk Hammett(カーク・ハメット)>

 

『Sabbath Bloody Sabbath(サバス・ブラッディ・サバス)』は、多くのハードロックやヘビーメタルのギタリストに賞賛されており、Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼス)のSlash(スラッシュ)は2008年にGuitar World(ギターワールド)に対して「サバス・ブラディー・サバスのアウトロは俺が今まで聞いた中で最もヘヴィだったんだ」と語ります。Mastodon(マストドン)のBrent Hinds(ブレント・ハインズ)も同意見で、 「あの曲の最後にある夢が悪夢に変わり、天国が地獄に変わるリフは無敵だ」とも語っています。Metallica(メタリカ)のKirk Hammett(カーク・ハメット)は、「Killing Yourself to Live(キリングユアセルフフォーライブ)」をブラック・サバスのお気に入りの曲として挙げており、Guitar World(ギターワールド)でも「多くの人がアルバムのタイトル曲であるサバス・ブラディー・サバス惹かれるけど、僕にとってはキリングユアセルフフォーライブが一番だ」と明かしています

このアルバムが80年代のヘビーメタルの教科書であり、ある種方向付けてしまったことは間違いありません。そして、このアルバムから徐々にドゥーム・スラッジからは離れていき、80年代の所謂ヘビーメタルの波に自ら飲まれていってしまいます

 

BLACK SABBATH - "Sabbath Bloody Sabbath" (Official Video)

 

Sabotage(1975)

< 6th Album『Sabotage(サボタージュ)』(1975)>

 

『Sabotage(サボタージュ)』は、1975年7月に発売されたブラック・サバスの6枚目のスタジオアルバムです。このアルバムはバンドの元マネージャーのPatrick Meehan(パトリック・ミーハン)との法廷闘争の真っ最中に録音されました。バンドは、進行中の法的苦悩から生じたストレスがレコーディングにまで影響し、このアルバムタイトルにします。ギタリストのトニー・アイオミとマイク・ブッチャーが共同プロデュースしています

University Times(ユニバーシティータイムズ)誌の記事Thrash Metal - An Introduction(スラッシュメタルの序章)の中で、1980年代初頭に出現したヘヴィメタルのサブジャンルであるスラッシュメタルの初期の例として「Symptom of the Universe(シンプトンオブザユニバース)」を挙げています。トニー・アイオミは自伝『アイアンマン』の中で、この曲のダイナミクスを次のように説明しています「まずギターのリフから始まる。それからアップテンポのパートに入り、色々なダイナミック叩き出す。最後のパートを含め多くの変化を作ったんだ。最後の部分は、スタジオでの即興演奏で1日くらいでサラッとにレコーディングしてあって、この曲で使う事を決めたんだ」

「Supertzar(帝王序曲)」という曲で、イギリス室内合唱団をレコーディングするために呼んでいて、オジーがスタジオに到着して彼らを見て、「あ、間違ったスタジオに来ちゃった」と思い、家に帰ってしまいました

 

< ギタリストのYngwie Malmsteen(イングヴェイ・マルムスティーン)>

 

ギタリストのYngwie Malmsteen(イングヴェイ・マルムスティーン)は2008年にGuitar Player(ギタープレーヤー)誌で、「Symptom of the Universe(シンプトンオブザユニバース)」のリフは、彼が初めて聴いたトニー・アイオミのリフで、「トニーのフラット5th(悪魔の音階)の使用は、数百年前なら彼を火あぶりにしていただろう」と語っています

アルバムアートワークのピタピタパンツは正直キモいです

 

Technical Ecstasy(1976)

< 7th Album『Technical Ecstasy(テクニカル・エクスタシー)』(1976)>

 

『Technical Ecstasy(テクニカル・エクスタシー)』は、ブラック・サバスの7枚目のスタジオアルバムで、ギタリストのトニー・アイオミがプロデュースし、1976年9月25日にヴァーティゴ・レコードからリリースされたものです。このアルバムは批評家から様々な評価を受けたが、商業的な成功を収め、イギリスのアルバムチャートで13位、アメリカのビルボード200アルバムチャートで51位となり、後に1997年にRIAAからゴールド認定されます

アルバムジャケットは、Hipgnosis(ヒップグノシス)がデザインしました

 

< AC/DCのリズムギタリストのMalcolm Young(マルコム・ヤング)>

 

1977年の『Technical Ecstasy(テクニカル・エクスタシー)』のヨーロッパツアーで、バンドはAC/DCをツアーサポートに決めます。ツアー中のベースのギーザー・バトラーとAC/DCのリズムギタリストのMalcolm Young(マルコム・ヤング)の関係はかなり険悪で、ギターのトニー・アイオミは、超仲が悪かったと振り返ります。ビル・ワードのドラムテックであるグラハム・ライトとオズボーンの個人秘書であるデヴィッド・タンギーは、2004年の著書「How Black Was Our Sabbath」で、2人の間の問題は、スイスで行ったツアーの後だったと話します。ホテルのバーで口論になって、バトラーが冗談でポケットからスイッチ・ブレード式の櫛を飛び出させます。ヤングはそれを本物のナイフだと勘違いしてからずっと険悪だそうです

1992年、アイオミはGuitar World(ギターワールド)に「ブラック・サバスのファンは一般的にテクニカル・エクスタシーをあまり好んでいない」と認めています。「オレ達にとって、うまく行かない状況だったんだ。もし同じままの音楽性でいたら、人々はまだ古いものをやってやがると言うし、だからもう少しテクニカルになろうとしたんだけど、あまりうまくいかなかったんだ」と冗談を交えて語っています

そして、このアルバムでオジーの過度の薬物依存と重度のアルコール中毒を心配したメンバーが、オジーの解雇という苦渋の決断をします

 

Never Say Die!(1978)

< 8th Album『Never Say Die!(ネヴァー・セイ・ダイ!)』(1978)>

 

『Never Say Die!(ネヴァー・セイ・ダイ!)』は、ブラック・サバスが1978年9月29日に発表した8枚目のスタジオアルバムです。バンドのオリジナルラインナップによる最後のスタジオアルバムです。1997年11月7日にアメリカでゴールド認定され、サウンドスキャン時代から13万3000枚を売り上げています。アルバムは様々な評価を受け、評論家はそれを「アンバランス」と呼び、そのエネルギーはあまりにも多くの方向に散っていると主張しています

 

< ツアー後解雇されてしまうオジー・オズボーン >

 

1978年10月、ニューアルバムについてオズボーンは「過去10年間に俺たち全員が経験したことが組み合わさっている。とてもバラエティに富んだアルバムだ。ジョン・メイオールや初期のフリートウッド・マックのようなブリティッシュ・ブルースが当時流行っていたから、僕らはブルース・クラブで演奏を始めたんだ。当時は12小節のトリップや初期のテン・イヤーズ・アフター的なものに夢中になっていたんだ。だから、この曲はそういう旅の一部なんだよ。それから、ヘビーなもの、ロックなものもあって。ヘッドバンギングするような曲ばかりじゃないけど、僕らの内側にあるフラストレーションをすべて取り除いたんだ。僕らひとりひとりが長年に渡って下ろしたいと思っていても、仕事のプレッシャーで下ろせなかったものをね」と語っています。しかし、オズボーンはすぐにこのLPを嫌いになり、1981年のインタビューでAfter Hours(アフターアワーズ)に「サバスとやった最後のアルバム『ネヴァー・セイ・ダイ!』は、俺が今まで関わった中で最悪の作品だったよ。あのアルバムは恥ずかしく思う」と語っています。2013年、オズボーンはMojo(モジョ)に「レコーディングスタジオに行くと、ジャズバンドの演奏のような音が聞こえてくるんだよ。これは本当にブラック・サバスなのか?俺ならやめちまうよ」語っています。そしてオズボーンは、その8ヶ月後にバンドから解雇されます

 

< Soundgarden(サウンドガーデン)のKim Thayil(キム・セイル)>

< Megadeth(メガデス)のDave Mustaine(デイヴ・ムステイン)>

 

ネガティブな評判にもかかわらず、Soundgarden(サウンドガーデン)のギタリスト、Kim Thayil(キム・セイル)は『ネヴァー・セイ・ダイ!』をブラック・サバスのお気に入りのアルバムの1つとして挙げています。Megadeth(メガデス)は2000年のトリビュート・アルバム『Nativity In Black II』でタイトル曲をカバーし、ボーカルのDave Mustaine(デイヴ・ムステイン)は2008年にNick Bowcott(ニック・ボウコット)に、「アイオミのスタイルのシンプルなリズム進行が僕のずっとお気に入りなんだ。速くクラシックなイギリスのリフスタイルとクライマックスのアレンジは最高だよ」と語っています

 

< 映画『アベンジャーズ』トニー・スターク役のRobert Downey Jr(ロバート・ダウニー・Jr)>

 

映画『アベンジャーズ』にてトニー・スタークは、1978年に行われたバンドのNever Say Die tour in 1978(ネバーセイダイ・ツアー1978)のTシャツを着ています。このツアーは、オジー・オズボーンが参加した最後のツアーであり(数年後に復帰するまで)、当時新進気鋭の若手バンドであったVan Halen(ヴァン・ヘイレン)をオープニングアクトに迎えたことで注目されました。ヴァン・ヘイレンは、リハーサル中にリスペクトを込めてブラック・サバスの曲を演奏しましたが、トニー・アイオミは馬鹿にしていると受け取り険悪になります。しかし、すぐに疑念は晴れて、仲良くなったそうです。メタリカでも同じようなことがあり、若者のサバス信者がいる事は、オジー達にはなかなか理解できないようでした

 

ブラック・サバスは多くのアーティストに影響を及ぼしています。

Judas Priest(ジューダス・プリースト)
Iron Maiden(アイアンメイデン)

Diamond Head(ダイアモンド・ヘッド)

Van Halen(ヴァン・ヘイレン)

Slayer(スレイヤー)
Metallica(メタリカ)
Megadeth(メガデス)
Anthrax(アンスラックス)

Black Flag(ブラック・フラッグ)

Venom(ヴェノム)
Mayhem(メイヘム)
Death(デス)

Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼス)

Soundgarden(サウンドガーデン)
Nirvana(ニルヴァーナ)
Alice in Chains(アリスインチェインズ)
Pantera(パンテラ)

the Smashing Pumpkins(スマッシング・パンプキンズ)
Foo Fighters(フー・ファイターズ)

Korn(コーン)
Slipknot(スリップノット)
Fear Factory(フィアファクトリー)

Godsmack(ゴッドスマック)
Candlemass(キャンドルマス)

Body Count(ボディカウント)

Opeth(オペス)
Disturbed(ディスターブド)

 

<『Nativity in Black Volume 1』>

<『Nativity in Black Volume 2』>

 

ゴールドセラーのトリビュートアルバム『Nativity in Black Volume 1 & 2』がリリースされており、Sepultura(セパルトゥラ)、White Zombie(ホワイトゾンビ)、Type O Negative(タイプ・オー・ネガティブ)、Faith No More(フェイス・ノー・モア)、Machine Head(マシンヘッド)、Primus(プライマス)、System of a Down(システム・オブ・ア・ダウン)、Monster Magnet(モンスターマグネット)によるカバーが収録されています

 

< Metallica(メタリカ)のLars Ulrich(ラーズ・ウルリッヒ)とJames Hetfield(ジェームズ・ヘットフィールド)>

< Anthrax(アンスラックス)のScott Ian(スコット・イアン)>

 

Metallica(メタリカ)のLars Ulrich(ラーズ・ウルリッヒ)は、バンドメンバーのJames Hetfield(ジェームズ・ヘットフィールド)と共に、2006年にブラック・サバスをロックの殿堂入りをさせたが、「ブラック・サバスはヘヴィメタルの代名詞であり、これからもそうあり続ける」と語り、ヘットフィールドは「サバスが俺に邪悪なサウンド作り始めさせだんだ」と語っています。「トニー・アイオミはヘヴィなリフの帝王だ」とガンズ・アンド・ローゼズのギタリスト、スラッシュはアルバム『Paranoid(パラノイド)』についてこう語っています。「このアルバムには、子供の頃に聴いたことがあるような、まったく別の世界のような何かがあるんだ。Paranoidはサバスの全体的な経験であり、当時のサバスが何を意味していたかを示している。トニーの演奏スタイルは、それがParanoidからであろうと、Heaven and Hellからであろうと関係なく、とても独特なんだよ」。Anthrax(アンスラックス)のギタリスト、Scott Ian(スコット・イアン)は「オレはいつもインタビューを受けるたびに、『あなたのトップ5のメタルアルバムは何ですか』との質問を受けるんだよ。そんなの簡単な事さ。サバスの最初の5枚に決まってるだろ」と語っています

 

< Rage Against the Machine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)のTom Morello(トム・モレロ)>

< 元Pantera(パンテラ)Down(ダウン)のPhil Anselmo(フィル・アンセルモ)>

 

同郷で同世代のJudas Priest(ジューダス・プリースト)のボーカリスト、Rob Halford(ロブ・ハルフォード)は次のようにコメントしています。「彼らは画期的なバンドであり、今でもそうだ。ブラック・サバスの最初のアルバムをかけると、30数年前と同じように今日でも新鮮に聞こえるんだ。そしてそれは、素晴らしい音楽には時代を超えた力があるんだ。自分にとって、サバスはビートルズやモーツァルトと同列の存在だ。彼らは何か特別なものの最先端にいるんだよ」。ブラック・サバスの立ち位置について、Rage Against the Machine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)のギタリスト、Tom Morello(トム・モレロ)は次のように語っています。「最も重く、最も恐ろしく、最もクールなリフと、終末的なオジーの叫びは、他の追随を許さない。彼らが生まれたバーミンガムの労働者階級の絶望と脅威が、キックアスで邪悪なグルーヴのひとつひとつから聞こえてくる。彼らの登場はヒッピー、フラワーパワーサイケデリアを粉々にし、来るべきすべてのヘヴィバンドの基準を設定したんだ」。Pantera(パンテラ)とDown(ダウン)のPhil Anselmo(フィル・アンセルモ)は「ブラック・サバスがヘヴィメタルにもたらしたものが何もないとか言うヤツはただの馬鹿」と話します

 

Pantera - I'm Broken (Official Music Video)

 

Down - On March The Saints [Official Music Video]

 

< L.A.ガンズのTracii Guns(トレイシー・ガンズ)>

 

L.A.ガンズのTracii Guns(トレイシー・ガンズ)とガンズ・アンド・ローゼズの元メンバーによると、『Appetite for Destruction(アペタイト・フォー・デストラクション)』(1987年)収録のガンズ・アンド・ローゼズの「Paradise City(パラダイスシティ)」のメインリフは、『Born Again(ボーン・アゲイン)』(1983年)収録の「Zero the Hero(ゼロ・ザ・ヒーロー)」という曲から影響を受けています

 

Guns N' Roses - Paradise City (Official Music Video)

 

< Tony Iommi(トニー・アイオミ)、Geezer Butler(ギーザー・バトラー)、Ozzy Osbourne(オジー・オズボーン)、Bill Ward(ビル・ワード)>

 

ヘヴィメタルのパイオニアであることに加え、彼らはヘヴィメタルのサブジャンルであるストーナーロック、スラッジメタル、スラッシュメタル、ブラックメタル、ドゥームメタルやオルタナティブロックのサブジャンルの基礎を作ったとされています。評論家のBob Gulla(ボブ・グーラ)は、サバスサウンドの影響は「Nirvana(ニルヴァーナ)、Soundgarden(サウンドガーデン)、Alice in Chains(アリス・イン・チェインズ)などグランジの最も人気あるほぼすべてのバンドに見受けられる」としています

 

Soundgarden - Black Rain

 

Alice in Chains 1990 - Sunshine

 

< 細いゲージのギター弦のパイオニアTony Iommi(トニー・アイオミ)>

 

トニー・アイオミは、より細いゲージのギター弦のパイオニアとして評価されています。デビュー前に鉄鋼工場で勤務中に、中指と薬指の指先を切断し、シンブル(人工指先)を使って演奏しています。その結果、標準的なギター弦をチョーキングして演奏するのが困難になり、入手可能なテンションの低い細い弦のサイズが1つしかないため、サバスで成功後に細い弦を特注で作ってもらいました

 

<『Almost Famous(あの頃ペニー・レインと)』(2000)>

 

文化的には、ブラック・サバスはテレビと文学の両方で大きな影響を及ぼしており、多くの場合、ヘビーメタルの代名詞となっています。映画『Almost Famous』では、レスター・バングスが主人公にこのバンドを取材する仕事を与え(プロットポイント1)、「ブラック・サバスについて500語教えてくれ」という不朽の台詞を残しています。現代の音楽と芸術の出版物Trebuchet Magazineは、これを実践し、すべての新人作家にブラック・サバスに関する短文(500ワード)を書くよう求め、よく知られたテーマについて自分の創造性と発言力を証明する手段としています。

 

< ふざけた一面を持ち合わせるBlack Sabbath >

 

ブラックサバスのメンバーは、かなり面白い連中で冗談がすごく冴えています。『リユニオン』のビデオ(Last Supper)を見てもらえればわかる通り、全く悪魔崇拝などはしていません。ハードコアなドゥーム・スラッジ系サバスファンはこの事を見落としがちです

 

< 大好きなアストン・ヴィラ(AVFC)のベースで演奏するギーザー・バトラー >

 

地元のイギリスはバーミンガムでのリハーサルの後、いつものパブで、みんなで飲んでいたところ、ドラムのビル・ワードがバーテンダーにタバコの火を貸してくれと頼みます。するとバーテンダーは、タバコではなくビルの長く生えた髭に点火してしまいます。ビルの髭が一気に燃えあがり、店中でビルに酒ぶっかけたりしているうちに、みんな楽しくなってパブが大暴れになり、警官隊が突入して来ます。警官隊は銃を構えていて、そこでベーシストのギーザー・バトラーが両手を上げて「I`m die for Aston Villa(アストン・ビラFCのために死んでやるわ)」と言い、また店中爆笑。ブラック・サバス最高です

 

Black sabbath - War pigs “The last supper” (live)

 

 

ハードロックやヘヴィメタル、ハードコアパンク、グランジ、ブラックメタル、ドゥームメタルといった多くのジャンルの源流として扱われるBlack Sabbathのビンテージアイテムをピックアップです。Ozzy Ozbourne、Church Of Misery、Downのアイテムも是非ともチェックしてみて下さい

 

Black Sabbath “Tour 2013 OZZFEST JAPAN” Tee

Black Sabbath "Reunion 1998 Tour" Tee

Black Sabbath “U.S. tour 78” Y2K復刻 Tee

Black Sabbath Tee

88-'89 OZZY  OZBOURNE  "No Rest For The Wicked Tour" Tee

Ozzy Osbourne  "No More Tears 1991"  Tee

Church Of Misery “RETURN OF THE UNHOLY EUROPEAN TOUR 2012” Tee

Down Tee

 

 

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